---Basketball life---  * **バスケ親父** *  『生涯現役への道標』

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コロナ自粛中おすすめ【1998ニックス×ヒート】

ジョーダンが引退し、ブルズ王朝は解体された。
シカゴ・ブルズという絶対的な覇者を失ったイーストのプレーオフは混乱した。1回戦は4ブロックのうち2ブロックでアップセットが起こり、そしてファイナルに勝ち進んだのは第8シードのチーム、ニューヨーク・ニックスだった。

ニックスと言えばパトリック・ユーイングのチームであり、そして90年代を代表する強豪チームだったが、彼らの行く手には常にマイケル・ジョーダン率いるシカゴ・ブルズが立ちはだかり、ジョーダンが1度目の引退をしていた1993-94シーズンにはようやくファイナルに進出するも、オラジュワン率いるロケッツの前に優勝は叶わなかった。
90年代後半に入ると30歳を越えたユーイングは多くの故障を抱えるようになり、チームはアラン・ヒューストンやラリー・ジョンソン、ラトレル・スプリーウェル、カート・トーマスを獲得するなどチームの若返りを図り始めていた。ニックスのファイナル進出は、そんなニックスのチーム改革の成果と言えたが、本命不在というイースト事情と、50試合に短縮された異例のシーズンの副産物でもあった。

このシーズンのユーイングは故障を抱えたままのプレイが続き、チームも27勝23敗と決して好調とは言えず、プレーオフは第8シードでのスタートとなった。そして1回戦でかつてニックスを率いたパット・ライリーが指揮するマイアミ・ヒートと対決し、ヒートのティム・ハーダウェイが故障を抱え満足なプレイが出来なかったことも手伝って、ニックスは3勝2敗の末に第1シードのヒートを破るというアップセットを果たした。

さらにカンファレンス準決勝ではアトランタ・ホークスをスイープで破り、カンファレンス決勝ではニックスの宿敵インディアナ・ペイサーズと対決。このシリーズ中に故障を押してプレイし続けてきたユーイングが遂に戦線離脱するも、ニックスは4勝1敗でペイサーズを退け、ついにファイナル進出を果たした。第8シードのファイナル進出はNBA史上初の出来事である。


1998ニックス×ヒートgame5
https://youtu.be/By8CVoBKD_4
こちらはgame4ハイライト
乱闘シーンからのgame5!
https://youtu.be/_05JqkoQaLM